2008.08.23 Sat
こんにちは
まだまだ冷たいスイカがおいしい季節ですね。
私も8月に入って俄然やる気が出てきたのですが、あの7月の停滞は一体どうしたことかと、時々反すうして考えています。
今後の対策をと思っているのです。
停滞している時とそうでないときの一番の差は
「物事をとらえる目線」?の違いだと思います。
その違いが思いがけないエネルギーのロスを産むのです。
これは物事がうまくいっている人と、そうでない人の差でもあると思います。
例えば「洗い物しなくっちゃ」と思っていたとします。
調子のいいときは、洗い物なんてやり始めればすぐ終わるし、ちっとも時間はかからない、たいしたエネルギーは使わないというのが、よ〜くわかっています。
だから、やろうかどうしようかと悩む前に体が動いて、気がつけばお皿はきれいに。
きれいになったら気分もよく、洗い物のことは忘れて全てのエネルギーを他の「プロジェクト」に注げます。どんどん気持ちも、環境も、スッキリしてゆくのです。
ところが・・・
調子の悪い時は「洗い物かあ〜、めんどくさいなあ〜、すっごいめんどくさい。でもやらないと、ああでも大変だわ・・・どうしよう・・・他にもやらないといけないことがあるのに、何から手をつけようか。」
と読むからにばかげた発想が。
洗い物がとても大変なことのように感じるのです。だからやりはじめるためには大きな気持ちのエネルギーを使います。そうやって一旦体が動き始めるとまだいいのですが、動くまでダラダラまよっていたりすると、気がつけば部屋は汚い上に、用事はたまっていて、気持ちも真っ暗・・・。
全ての用事においてこれは当てはまると思うのです。
一つのことに対して「大変」ととらえるか?「簡単」ととらえるか?
ほとんどのことはじつは細かいアクションに分解してゆけば実に簡単で直ぐ出来ることです。
しかし、家事でさえこうなのですから、他にもめんどくさい用事というのは世の中にあふれ返っています。
私たちの生活が快適になるかどうかは、物事を必要以上に大げさに「大変だ」とか「怖い」とか余計な観念を入れてとらえずに、ありのままイメージできるかどうかにかかっているのではないかと思います。
クリアリングというのでしょうか?思い込みをなくする作業が必要なのでしょう。
気にかかっていた用事を済ませてみて、「え?たったこれだけのこと?」と思ったことが何度あるのか?それでも私は後回し症候群の人ですから、他の人よりも注意が必要です。
少なくとも洗物をきれいに片付けることから始めようと、頭をひねりました。
そして究極の方法を発見!
題して「ディスプレイ法」
今までは食べ終わったお皿をとりあえず重ねて、シンクに突っ込んでそこから洗い物がスタートしていました。が、ちょっと手を加えることに。
油や汚れなどを軽くふいたり、流して、美しく重ねたお皿を洗い桶に入れ、水をきれいに入れ替えるのです。
きれいな水は良い波動を出しています。そしてきれいに積み重ねられたお皿をみていると、もう洗いたくてうずうずしてきます。洗いたい気持ちを引き出すために、ディスプレイするのです。
これは商品の写真を美しく撮るために工夫するのと同じこと。
しかしそのワクワク感を味わうために、洗うのはしばらく我慢・・・。
洗い物は楽しいという気持ちを焼き付けないと・・・。
(その後どうなったかというと、
待ちすぎて次の回の洗い物が上からやってきて、シンクは大変なことに!
けっきょく慌てて片付けることになりましたが(汗)、とにかく終わりました。)
やる気の出ない時は、やりたくなるような準備や工夫で、以外にもそれに対する見方が変わり、停滞を解くヒントになるかもしれないというお話でした。失礼しました。
ネットショップのお知らせブログを作りました。
after the rainお知らせブログ
こちらのほうでは、ショップのお知らせや楽しいキャンペーンなどを掲載してゆきます。
お時間あればのぞいてみてください。
宣伝ですが、この秋よりオリジナルサンキャッチャーも発売予定です。
どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございます。

まだまだ冷たいスイカがおいしい季節ですね。
私も8月に入って俄然やる気が出てきたのですが、あの7月の停滞は一体どうしたことかと、時々反すうして考えています。
今後の対策をと思っているのです。
停滞している時とそうでないときの一番の差は
「物事をとらえる目線」?の違いだと思います。
その違いが思いがけないエネルギーのロスを産むのです。
これは物事がうまくいっている人と、そうでない人の差でもあると思います。
例えば「洗い物しなくっちゃ」と思っていたとします。
調子のいいときは、洗い物なんてやり始めればすぐ終わるし、ちっとも時間はかからない、たいしたエネルギーは使わないというのが、よ〜くわかっています。
だから、やろうかどうしようかと悩む前に体が動いて、気がつけばお皿はきれいに。

きれいになったら気分もよく、洗い物のことは忘れて全てのエネルギーを他の「プロジェクト」に注げます。どんどん気持ちも、環境も、スッキリしてゆくのです。
ところが・・・
調子の悪い時は「洗い物かあ〜、めんどくさいなあ〜、すっごいめんどくさい。でもやらないと、ああでも大変だわ・・・どうしよう・・・他にもやらないといけないことがあるのに、何から手をつけようか。」
と読むからにばかげた発想が。

洗い物がとても大変なことのように感じるのです。だからやりはじめるためには大きな気持ちのエネルギーを使います。そうやって一旦体が動き始めるとまだいいのですが、動くまでダラダラまよっていたりすると、気がつけば部屋は汚い上に、用事はたまっていて、気持ちも真っ暗・・・。
全ての用事においてこれは当てはまると思うのです。
一つのことに対して「大変」ととらえるか?「簡単」ととらえるか?
ほとんどのことはじつは細かいアクションに分解してゆけば実に簡単で直ぐ出来ることです。
しかし、家事でさえこうなのですから、他にもめんどくさい用事というのは世の中にあふれ返っています。
私たちの生活が快適になるかどうかは、物事を必要以上に大げさに「大変だ」とか「怖い」とか余計な観念を入れてとらえずに、ありのままイメージできるかどうかにかかっているのではないかと思います。
クリアリングというのでしょうか?思い込みをなくする作業が必要なのでしょう。気にかかっていた用事を済ませてみて、「え?たったこれだけのこと?」と思ったことが何度あるのか?それでも私は後回し症候群の人ですから、他の人よりも注意が必要です。
少なくとも洗物をきれいに片付けることから始めようと、頭をひねりました。
そして究極の方法を発見!
題して「ディスプレイ法」

今までは食べ終わったお皿をとりあえず重ねて、シンクに突っ込んでそこから洗い物がスタートしていました。が、ちょっと手を加えることに。
油や汚れなどを軽くふいたり、流して、美しく重ねたお皿を洗い桶に入れ、水をきれいに入れ替えるのです。
きれいな水は良い波動を出しています。そしてきれいに積み重ねられたお皿をみていると、もう洗いたくてうずうずしてきます。洗いたい気持ちを引き出すために、ディスプレイするのです。
これは商品の写真を美しく撮るために工夫するのと同じこと。
しかしそのワクワク感を味わうために、洗うのはしばらく我慢・・・。
洗い物は楽しいという気持ちを焼き付けないと・・・。
(その後どうなったかというと、
待ちすぎて次の回の洗い物が上からやってきて、シンクは大変なことに!
けっきょく慌てて片付けることになりましたが(汗)、とにかく終わりました。)
やる気の出ない時は、やりたくなるような準備や工夫で、以外にもそれに対する見方が変わり、停滞を解くヒントになるかもしれないというお話でした。失礼しました。

ネットショップのお知らせブログを作りました。
after the rainお知らせブログ
こちらのほうでは、ショップのお知らせや楽しいキャンペーンなどを掲載してゆきます。
お時間あればのぞいてみてください。
宣伝ですが、この秋よりオリジナルサンキャッチャーも発売予定です。
どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございます。

2008.07.31 Thu
毎日暑い日が続いていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?(^^)v
私はここ最近暑さのせいか、どうも停滞感が強く、一つのことにこだわってずっと小さな事で迷っていたり、やってることが前に進まなかったりで、1歩進んで3歩下がる状態が続いていました。
例えばネットショップのメニュー一つを考えるにしても、なかなかすっきりとまとまらない。
6月の間は色々と忙しかったのに、7月に入ってからどうもうまくいかない、そしてこんな時はお客さんも極端に少ない。
自分の原動力は「これをやってみよう、あれをやったらどうなるだろう?」という好奇心やワクワク感のはずなのに、その部分が心の中に感じられない!
現実が動かない・・・
「何か企画をしてみようか?」
「いや、この極端な減り方は絶対何かあるはずだ」
「外を変えても、多分内面が停滞しているのだからうまくいかないだろう」
というわけでじたばたするのをやめてしばらく内観。
すると・・・
「波動のよいものを生活に取り入れるのを怠っていた!」
という結論に達しました。
実は、今年に入ってからずっと飲み続けていた特別なお茶(ジェイソンウインターズティー)があって、それは自分の感じではとても波動が高かったし、自分に合っていたので気に入ってたんですが、7月入ったくらいから「煮出す」のが面倒になって、ついつい飲まずにいました。
簡単なティーパックタイプもあるんですが、原始的なハーブがどんとそのまま入ってる方の波動がすごかったんで、めんどくさいけれどそれに切り替えた、そしてそのまま放置。
それをさっそく取り出して煮出して冷蔵庫へ入れ、麦茶代わりに飲むことに。
食べるものも暑さのせいで作るのをなまけ、買ってそのまま食べるような栄養のないものが多かったし・・・・。
後、音楽はもちろんリラックスのために聴くものですが、「波動のいいもの」(あくまでも私の自己判断ですが)を意識して取り入れることも忘れて、CDプレイヤーをこの一ヶ月の間に一体何回使ったのかしら?という状態でした。
それでとりあえずスイッチをONに!
後、自分で波動調整もやってみました。(自分でやるのはあまり効き目がないような気がして、めったにしないんですが(^^ゞ)
気付いてから3日くらいになりますが、何だか調子が戻ってきました。
すべきこともわかって動きが出てきたり、お客さんがポチポチ来てくれたり、
なんだかとて単純な仕組みなんではないかしらと思ってます。
悩みがあったり迷いがあるときは、頭の中がすっきりとまとまりません。
それは外に原因があるんではなく、自分の心に原因があるんでもなく、全て波動が落ちて停滞しているということが原因だったりするのかも?と思います。
そんな時には自己啓発の本を読んで、理性を納得させる、心から変えてゆくというのもありかもしれませんが、それよりも何よりも簡単なのが、波動をあげることです。
今すぐに、いろいろな方法で出来ます。
私のように音楽やお茶、食べ物なんかもいいですが、アロマセラピーやフラワーエッセンスなどが合う人もいるでしょう。
言霊の力も偉大です、「ありがとう」「愛してます」
とか、「私は最善へと導かれている」
これらの言葉は乱れた周波数をなだめてくれるようです。
そしてもちろん、波動ヒーリングや普通のヒーリングなんかもお勧めです。
「どうしてうまくいかないの?」って自分に問い続けても、心の葛藤がある限りエネルギーはわいてこず現実は動かないでしょう。
そしてその心の葛藤は波動が落ちてエネルギーが停滞していることが原因なのかもしれません。
悩んだら、とりあえず出来ること「波動をあげる」これお勧めです。

私はここ最近暑さのせいか、どうも停滞感が強く、一つのことにこだわってずっと小さな事で迷っていたり、やってることが前に進まなかったりで、1歩進んで3歩下がる状態が続いていました。
例えばネットショップのメニュー一つを考えるにしても、なかなかすっきりとまとまらない。
6月の間は色々と忙しかったのに、7月に入ってからどうもうまくいかない、そしてこんな時はお客さんも極端に少ない。
自分の原動力は「これをやってみよう、あれをやったらどうなるだろう?」という好奇心やワクワク感のはずなのに、その部分が心の中に感じられない!
現実が動かない・・・

「何か企画をしてみようか?」
「いや、この極端な減り方は絶対何かあるはずだ」
「外を変えても、多分内面が停滞しているのだからうまくいかないだろう」
というわけでじたばたするのをやめてしばらく内観。
すると・・・
「波動のよいものを生活に取り入れるのを怠っていた!」
という結論に達しました。
実は、今年に入ってからずっと飲み続けていた特別なお茶(ジェイソンウインターズティー)があって、それは自分の感じではとても波動が高かったし、自分に合っていたので気に入ってたんですが、7月入ったくらいから「煮出す」のが面倒になって、ついつい飲まずにいました。
簡単なティーパックタイプもあるんですが、原始的なハーブがどんとそのまま入ってる方の波動がすごかったんで、めんどくさいけれどそれに切り替えた、そしてそのまま放置。
それをさっそく取り出して煮出して冷蔵庫へ入れ、麦茶代わりに飲むことに。
食べるものも暑さのせいで作るのをなまけ、買ってそのまま食べるような栄養のないものが多かったし・・・・。
後、音楽はもちろんリラックスのために聴くものですが、「波動のいいもの」(あくまでも私の自己判断ですが)を意識して取り入れることも忘れて、CDプレイヤーをこの一ヶ月の間に一体何回使ったのかしら?という状態でした。
それでとりあえずスイッチをONに!
後、自分で波動調整もやってみました。(自分でやるのはあまり効き目がないような気がして、めったにしないんですが(^^ゞ)
気付いてから3日くらいになりますが、何だか調子が戻ってきました。
すべきこともわかって動きが出てきたり、お客さんがポチポチ来てくれたり、
なんだかとて単純な仕組みなんではないかしらと思ってます。
悩みがあったり迷いがあるときは、頭の中がすっきりとまとまりません。
それは外に原因があるんではなく、自分の心に原因があるんでもなく、全て波動が落ちて停滞しているということが原因だったりするのかも?と思います。
そんな時には自己啓発の本を読んで、理性を納得させる、心から変えてゆくというのもありかもしれませんが、それよりも何よりも簡単なのが、波動をあげることです。
今すぐに、いろいろな方法で出来ます。
私のように音楽やお茶、食べ物なんかもいいですが、アロマセラピーやフラワーエッセンスなどが合う人もいるでしょう。
言霊の力も偉大です、「ありがとう」「愛してます」
とか、「私は最善へと導かれている」
これらの言葉は乱れた周波数をなだめてくれるようです。
そしてもちろん、波動ヒーリングや普通のヒーリングなんかもお勧めです。
「どうしてうまくいかないの?」って自分に問い続けても、心の葛藤がある限りエネルギーはわいてこず現実は動かないでしょう。
そしてその心の葛藤は波動が落ちてエネルギーが停滞していることが原因なのかもしれません。
悩んだら、とりあえず出来ること「波動をあげる」これお勧めです。

2008.05.30 Fri
私はチャクラに関する本を沢山持っています。
最初は興味本位で数冊買い、何となくわかったようなわからないよう状態を引きずったまま、中途半端が嫌で、本屋で「チャクラ」という文字が目に付くと即買いしてました。
あまり沢山持ちすぎると、いろいろな情報が入り混じってしまい、余計にわからなくなってそのままに。
とりあえず、大まかな意味を知っていれば、エネルギーワークや占いには差し支えないかと思っていたのです。
自分についてなんとなくわかっているのは、第一チャクラ(ルートチャクラ)が弱いこと。
グラウディング(大地と自分をしっかりと結びつけること)をしっかりやってくださいと、たいがいのヒーラーさんに言われます。
確かに心が宙に浮いていて、現実を生きていないようなフワフワ感が感じられます。
しかし、「それが何か?」くらいにしか思ってなかったのです。
最近ネットショップをはじめたものの、商品が少ないなあとぼやいていたところ、ある人が
「よければこれ売ってみますか?」と大切なアートを私に預けてくれました。
それは各チャクラを活性化するアートで、私が最初に預かったのは「第一チャクラ」
たまたま自分の弱い部分でもあるし、この機会に私の「チャクラ蔵書」を引っ張り出して調べてみるか〜と腰を上げました。
すると、よく読んでみると、大変なことが書かれてありました。
以下ブレンダ・デーヴィス著「チャクラ・ヒーリング」より抜粋
ルートチャクラは私たちが自分自身を大切にし、慈しみ、健康な状態に保ちたいという欲動を司り、私たちの持つ最大の可能性を引き出させようとします。それによって私たちは、人生が与える試練に耐えるだけでなく、繁栄することが出来るのです。私たちが危険を避けるのに必要な判断力を持ちながらも一方で冒険心をなくさず、リスクを負うことが出来るのもルートチャクラの働きです。
大地は、私たちの肉体と食べ物だけでなく、私たちが生活に用いるあらゆる物質を提供してくれます。ルートチャクラは、物質、つまり大地と、大地が与えてくれる全てのものに関係しています。
つまり私たちの摂食パターン、自分を大事にする方法、不足なく暮らすために収入を得ようとする意欲、必要なものを手に入れる能力、などに関係しているのです。
ルートチャクラは7つの主要なチャクラのうちの最初のチャクラであり、それが安定した健康な状態になければ、私たち自身の安定と健康は望めません。
心の安らぎと霊性を追い求める人の多くは、精神的であるためには物質的なことに興味を持つべきではないと信じ、物質的なもの、現実的なものを切り捨てようとしますが、それはとんでもない間違いです。もちろん物質的なものを神のごとく崇拝するのは不健全ですが、私たちは物質界に存在し、肉体を持ち、食べ物、住居、衣服その他、生活に必要なものはいろいろあります。私たちはそれを持っていてしかるべきですし、またそれを楽しんでいいはずです。
もっと読みたい人はこの本です。
結局ルートチャクラは、私たちが人生の土台となる物質的なものを、グラウディングして地上から「吸い上げる」作業をするエネルギーポイントであり、ここがきちんと動いていないと、現実が動かず、衣食住、そしてその媒体となるお金に困る・・・ということなのです。
例えば良い考えが頭に浮かんでも、まず安心感が感じられず、実行に移す勇気が出ない。かろうじて実行に移す気力があったとしても、物事を動かすパワーやお金が不足しているので、現実のこととならない。
これを繰り返してゆくと、成功体験も持てず、自信喪失、挙句の果てに食うにも困るという結果が・・・!
こりゃたまげた、大変です。
この本ずっと持っていたのに、肝心要のこの部分、全然目に入っていませんでした。(◎-◎)
豊かさが欲しい、人生の冒険を心ゆくまで楽しみたい!という願いを持っていない人はいないと思います。しかし私たちの多くは、大地から切り離されて、フワフワ浮き上がって毎日暮らしています。
豊かになりたい!と願っても、そんなこと叶わないとあきらめている人も多いのではないかと・・・。
あきらめる前にルートチャクラの働きをもう一度見直して、グラウディングを意識することによって、エネルギーの流れが変わってくるんではないかと思います。
ルートチャクラは「地球にいる安心感」を私たちに提供してくれます。
グラウディングの方法は、いろいろなイメージングをしたり、はだしで土の上を歩いたり、沢山あります。豊かになりたい人は、ぜひともお試しくださいね。
最初は興味本位で数冊買い、何となくわかったようなわからないよう状態を引きずったまま、中途半端が嫌で、本屋で「チャクラ」という文字が目に付くと即買いしてました。
あまり沢山持ちすぎると、いろいろな情報が入り混じってしまい、余計にわからなくなってそのままに。
とりあえず、大まかな意味を知っていれば、エネルギーワークや占いには差し支えないかと思っていたのです。
自分についてなんとなくわかっているのは、第一チャクラ(ルートチャクラ)が弱いこと。
グラウディング(大地と自分をしっかりと結びつけること)をしっかりやってくださいと、たいがいのヒーラーさんに言われます。
確かに心が宙に浮いていて、現実を生きていないようなフワフワ感が感じられます。
しかし、「それが何か?」くらいにしか思ってなかったのです。
最近ネットショップをはじめたものの、商品が少ないなあとぼやいていたところ、ある人が
「よければこれ売ってみますか?」と大切なアートを私に預けてくれました。
それは各チャクラを活性化するアートで、私が最初に預かったのは「第一チャクラ」
たまたま自分の弱い部分でもあるし、この機会に私の「チャクラ蔵書」を引っ張り出して調べてみるか〜と腰を上げました。
すると、よく読んでみると、大変なことが書かれてありました。
以下ブレンダ・デーヴィス著「チャクラ・ヒーリング」より抜粋
ルートチャクラは私たちが自分自身を大切にし、慈しみ、健康な状態に保ちたいという欲動を司り、私たちの持つ最大の可能性を引き出させようとします。それによって私たちは、人生が与える試練に耐えるだけでなく、繁栄することが出来るのです。私たちが危険を避けるのに必要な判断力を持ちながらも一方で冒険心をなくさず、リスクを負うことが出来るのもルートチャクラの働きです。
大地は、私たちの肉体と食べ物だけでなく、私たちが生活に用いるあらゆる物質を提供してくれます。ルートチャクラは、物質、つまり大地と、大地が与えてくれる全てのものに関係しています。
つまり私たちの摂食パターン、自分を大事にする方法、不足なく暮らすために収入を得ようとする意欲、必要なものを手に入れる能力、などに関係しているのです。
ルートチャクラは7つの主要なチャクラのうちの最初のチャクラであり、それが安定した健康な状態になければ、私たち自身の安定と健康は望めません。
心の安らぎと霊性を追い求める人の多くは、精神的であるためには物質的なことに興味を持つべきではないと信じ、物質的なもの、現実的なものを切り捨てようとしますが、それはとんでもない間違いです。もちろん物質的なものを神のごとく崇拝するのは不健全ですが、私たちは物質界に存在し、肉体を持ち、食べ物、住居、衣服その他、生活に必要なものはいろいろあります。私たちはそれを持っていてしかるべきですし、またそれを楽しんでいいはずです。
もっと読みたい人はこの本です。

![]() | 魂からの癒し チャクラ・ヒーリング (2005/02/20) ブレンダ・デーヴィス三木 直子 商品詳細を見る |
結局ルートチャクラは、私たちが人生の土台となる物質的なものを、グラウディングして地上から「吸い上げる」作業をするエネルギーポイントであり、ここがきちんと動いていないと、現実が動かず、衣食住、そしてその媒体となるお金に困る・・・ということなのです。
例えば良い考えが頭に浮かんでも、まず安心感が感じられず、実行に移す勇気が出ない。かろうじて実行に移す気力があったとしても、物事を動かすパワーやお金が不足しているので、現実のこととならない。
これを繰り返してゆくと、成功体験も持てず、自信喪失、挙句の果てに食うにも困るという結果が・・・!

こりゃたまげた、大変です。
この本ずっと持っていたのに、肝心要のこの部分、全然目に入っていませんでした。(◎-◎)
豊かさが欲しい、人生の冒険を心ゆくまで楽しみたい!という願いを持っていない人はいないと思います。しかし私たちの多くは、大地から切り離されて、フワフワ浮き上がって毎日暮らしています。
豊かになりたい!と願っても、そんなこと叶わないとあきらめている人も多いのではないかと・・・。
あきらめる前にルートチャクラの働きをもう一度見直して、グラウディングを意識することによって、エネルギーの流れが変わってくるんではないかと思います。
ルートチャクラは「地球にいる安心感」を私たちに提供してくれます。
グラウディングの方法は、いろいろなイメージングをしたり、はだしで土の上を歩いたり、沢山あります。豊かになりたい人は、ぜひともお試しくださいね。

2008.03.31 Mon
先日波動ヒーリングのときにメッセージとして伝わってきた言葉
「自分に祝福を」
これはヒーリングを受けられた方に対する言葉だったのですが、どういう意味だろう?と考えているうちに
「人を祝福するような気持ちで、自分を祝福する」ということであるということがわかりました。
自分の大切な人が幸せであるよう、無事であるよう祈る時、私達は真心を込めます。
「あの人が幸せでありますように、ご加護がありますように」
しかし自分に対して心を込めて祈るということをしている人は案外いないと思います。
愛する人という対象を自分に摩り替えて、自分自身の為に祈るのです。
暖かい祝福の気持ちを込めるというところがポイントです。
「私が幸せでありますように」
「私が祝福され、守られていますように」
祈りの力はとても強力なのです。これを自分のために使わない手はありません。
欲張って祈ってみると、不思議と心が安心します。
私もちゃっかりやってみましたが、その後からいろいろと変化が起こり、最近なぜかついているのです。もちろんそれだけのせいではないかもしれませんが、とても不思議です。
そして先日これを実際に試して下さった方がブログで紹介してくださいました。
かなり鋭い方なので、これがどのように作用するか、自分の言葉で説明してくださっているのがわかりやすいです。
kirariさんありがとうございます、リンクさせてくださいね!
kirariさんのブログ
「自分に祝福を」
これはヒーリングを受けられた方に対する言葉だったのですが、どういう意味だろう?と考えているうちに
「人を祝福するような気持ちで、自分を祝福する」ということであるということがわかりました。
自分の大切な人が幸せであるよう、無事であるよう祈る時、私達は真心を込めます。
「あの人が幸せでありますように、ご加護がありますように」
しかし自分に対して心を込めて祈るということをしている人は案外いないと思います。

愛する人という対象を自分に摩り替えて、自分自身の為に祈るのです。
暖かい祝福の気持ちを込めるというところがポイントです。
「私が幸せでありますように」
「私が祝福され、守られていますように」
祈りの力はとても強力なのです。これを自分のために使わない手はありません。
欲張って祈ってみると、不思議と心が安心します。
私もちゃっかりやってみましたが、その後からいろいろと変化が起こり、最近なぜかついているのです。もちろんそれだけのせいではないかもしれませんが、とても不思議です。
そして先日これを実際に試して下さった方がブログで紹介してくださいました。
かなり鋭い方なので、これがどのように作用するか、自分の言葉で説明してくださっているのがわかりやすいです。
kirariさんありがとうございます、リンクさせてくださいね!

kirariさんのブログ
2008.03.10 Mon
自分のことですが、とにかく「よく迷う」人です。(笑)
「晩ご飯、カレーにしようか、シチューにしようか?」
「赤にしようか、青にしようか?」
「洗濯か、掃除か?」
きっと忙しい方はこんなことでは絶対に迷わないんだろうなということまで、頭の中でぐるぐる回しています。しかしよく考えれば、どっちでも一緒なんですよね、カレー食べてもシチュー食べても、運命に変化があるわけではなく。
大きな決断でも、小さな決断でも、迷いにつぎ込むエネルギーってあまり変わらないような気がします。楽しい迷いは、(例えば未だかなっていない夢、「フランス旅行か、エジプト旅行か」)は良いのですが、目の前にあるもので決断するととどちらかを一時的に失う?ことはもう断腸の思いです!「カレーを食べるとシチューは食べれない(今日は)」
って、ちょっと大げさですが・・・。
当然ながら両方の差が大きいときは迷いません。AとBではっきりとAの方が自分にとって良い場合、
Aを迷わず選択します。
両方の差が少ないときに迷いは生じます。
ということは、「どっちでも一緒」と自分でわかっているから迷うのではないかと。
進路、結婚、ありとあらゆる人生の節目で、「どっちにしようか」と迷うのは、確かに今日、どちらのセーターを着るかという事よりも大切な案件だと思います。そして間違ったら大変だわと不安になって、占い師の元へと駆け込みます。
しかし魂から見ると、どっちかを選択することで人生に大きな偏りが出てくるなんてありえないんではないでしょうか?
確かに一時的に、一方の方が有利に見えることでも、行き着くところは一緒のように思います。
私達が決断で一番恐れるのは、一つに決めるともう一つを失うこと。
確かにそうなんですが、手放すと必ず新しい何かが手に入るということは紛れもない事実です。
迷いは「どっちも一緒よ、早く前に進んで」という魂のささやき声かもしれません。
色々な角度から考えて結論を出すことはとても大切ですが、どちらの道がより自分らしいか、それさえ気をつけていれば間違うことなんて決してないのです。
声に従って、崖から飛び降りる勇気と、与えられたものを感謝して楽しむ心さえあれば、人生はけっこう順調に進むんじゃないかと思います。
迷いのエネルギーを他のことにつぎ込み、新たな人生を歩みましょう。(と、晩ご飯を迷いながら書いています)
マックか?
「晩ご飯、カレーにしようか、シチューにしようか?」
「赤にしようか、青にしようか?」
「洗濯か、掃除か?」
きっと忙しい方はこんなことでは絶対に迷わないんだろうなということまで、頭の中でぐるぐる回しています。しかしよく考えれば、どっちでも一緒なんですよね、カレー食べてもシチュー食べても、運命に変化があるわけではなく。
大きな決断でも、小さな決断でも、迷いにつぎ込むエネルギーってあまり変わらないような気がします。楽しい迷いは、(例えば未だかなっていない夢、「フランス旅行か、エジプト旅行か」)は良いのですが、目の前にあるもので決断するととどちらかを一時的に失う?ことはもう断腸の思いです!「カレーを食べるとシチューは食べれない(今日は)」

って、ちょっと大げさですが・・・。

当然ながら両方の差が大きいときは迷いません。AとBではっきりとAの方が自分にとって良い場合、
Aを迷わず選択します。
両方の差が少ないときに迷いは生じます。

ということは、「どっちでも一緒」と自分でわかっているから迷うのではないかと。
進路、結婚、ありとあらゆる人生の節目で、「どっちにしようか」と迷うのは、確かに今日、どちらのセーターを着るかという事よりも大切な案件だと思います。そして間違ったら大変だわと不安になって、占い師の元へと駆け込みます。

しかし魂から見ると、どっちかを選択することで人生に大きな偏りが出てくるなんてありえないんではないでしょうか?
確かに一時的に、一方の方が有利に見えることでも、行き着くところは一緒のように思います。
私達が決断で一番恐れるのは、一つに決めるともう一つを失うこと。
確かにそうなんですが、手放すと必ず新しい何かが手に入るということは紛れもない事実です。
迷いは「どっちも一緒よ、早く前に進んで」という魂のささやき声かもしれません。

色々な角度から考えて結論を出すことはとても大切ですが、どちらの道がより自分らしいか、それさえ気をつけていれば間違うことなんて決してないのです。
声に従って、崖から飛び降りる勇気と、与えられたものを感謝して楽しむ心さえあれば、人生はけっこう順調に進むんじゃないかと思います。
迷いのエネルギーを他のことにつぎ込み、新たな人生を歩みましょう。(と、晩ご飯を迷いながら書いています)
マックか?
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